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おたくの書斎です 綺麗な話も汚い話も

幸福の追求の果てのディストピア,現代──『書籍の解体とフラグメント・コンテンツ、氾濫するアメーバ・センテンスや、クリエイターのアイデンティティーと過ぎ去りし書店員の憂鬱、およびキュレーションの価値とホット化したメディアについての詩』

ディストピアでしょうか,この世界は。

SFであるじゃないですか。「本人はそれを幸せだと感じているんだけど,一歩引いたところから見ると完全に不幸」っていうディストピア

最近のでは『しあわせの理由』。自分で脳内物質の調整ができるようになった主人公が,こらもう絶対不幸じゃんっていう環境を自ら選んでで幸せに生きてる話。

しあわせの理由

しあわせの理由

でも,『しあわせの理由』はフィクションです。作り話です。現実ではありません。怖い本を読んで,顔をあげる。ああよかった,あれは作り話なんだ。ほっと安心する。でも一番怖い話というのはいつも,安心な場所に帰ってきてから一番怖いことが起きる。

誤解されるのは構わない。

怖いのは理解されてしまうことだ。

非の打ち所がない完璧な理解

どこまでも続く袋小路。

自分と自分の合わせ鏡。

それでは壁は壊せない

『書籍の解体とフラグメント・コンテンツ、氾濫するアメーバ・センテンスや、クリエイターのアイデンティティーと過ぎ去りし書店員の憂鬱、およびキュレーションの価値とホット化したメディアについての詩』より「氾濫するアメーバセンテンス」

「氾濫するアメーバセンテンス」がお気に入りです。

いいじゃないですか,らした先生。

理解したいじゃないですか。理解されたいじゃないですか。それも,できれば完璧に。理解されたいから書くんじゃないんですか? 誤解されると憤って,「いやいやそうじゃない,厳密には……」と言葉を継ぎ足し継ぎ足しませんか? そしてウザがられるのはわたしだけ? そんな面倒なことをしちゃうのは,ひとえに「理解されたい」からです。

最適化によって紡がれる物語。

読みたい本が無限に湧き出る世界。

同前

最高じゃないですか。読みたい本がいっぱいある世界。読みきれない世界。

こどものころ,無邪気に思ったものですよ。

何冊かに1度,本当に自分の好みに合う本を見つけて,興奮して,またこの興奮を味わいたいと思う。でもどうすれば同じ興奮が味わえるか分からない。ある日,本には「著者」がいるということを知る。そして同じ著者の本を読んでみると,確かに似た興奮が得られる。喜んで同じ著者の本を端から端まで読む。星新一とか。

やがて「ジャンル」という言葉を知る。詳しくなるに連れ,ジャンルは細分化される。細分化されるにつれ,最適化される。自分の最も読みたいジャンルを見つけ出す。そうでないものを「否」として切り捨てて,どんどんクリティカルなジャンルに絞っていく。

だって,わたしがそうして出会った著者のひとりが,らした先生じゃないですか。

わたしは後悔なんてしていません。

らした先生のブログを最初に見つけたとき,わたしは心がざわざわして,「ああ,これなんだよ。まさにこれ。これが読みたかったんだ。でも,だれも書いていないから,わたしが書こうと思っていたものなんだ」と思ったんです。むかしの話です。全記事を読みました。全部です。全部。

この興奮と喜びは,偽りでしょうか?

ああ,言葉にしてみませましょうか,らした先生。

わたしは,『書籍の解体とフラグメント・コンテンツ、氾濫するアメーバ・センテンスや、クリエイターのアイデンティティーと過ぎ去りし書店員の憂鬱、およびキュレーションの価値とホット化したメディアについての詩』が読みたい。もっと読みたい。そうだ,同じものをもっと書いてください。続編を書いてください。あるでしょう,いくらでも。なんなら,わたしがネタを提供しましょうか。「村社会の再来」とかどうでしょうか。つながりの希薄化した近代に対してですね……。

もしお酒の席でわたしがわーわー喚いていたら,きっとらした先生は優しい微笑とビールを携えて,うんうんと聞いてくれるのでしょうね。

もちろん,わたしもわかっているんです。

わたしがわかっているということを,らした先生もわかっているでしょう。そして,らした先生がわたしを分かっていることもまた,わたしにはわかっているんです。そういう,逃れられないディストピアを互いに了解しつつも,それでもわたしは,目に涙を浮かべながら,自分が幸せで,嬉しくて,この本が面白くて,この世界が,らした先生の本に出会えたことがどれだけ素晴らしいかを語るでしょう。先生だって,もしかしたら気の利いた慰めの言葉でもかけてくれるかもしれない。

これがディストピアなのでしょうか,らした先生。

すべての正義を相対化する意識。

箱型端末から湧き出る興奮記号を前に,はたと立ち止まってしまう意識

無限の外部性の潜む意識。

一度〈世界の外側〉が見えてしまったわたしたちは,見たことを忘れられない。

忘れることができるのはコンピュータだけ──。

The other side:

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